ある日突然、病院からの電話が鳴る。親が倒れた、認知症が進んだ、退院後に在宅介護が必要になった——そんな知らせを受けた瞬間、頭の中は真っ白になり、「もう仕事を辞めて、自分が看るしかない」という考えだけが浮かんでくる。そう感じている方は少なくありません。仕事のスケジュールと親の通院・介助の予定が頭の中でぶつかり合うと、退職届を出すことが、いちばん早く楽になれる道のように見えてしまうのです。
ただ、退職届を書く前に、少しだけ時間をください。介護を理由に仕事を辞めると、いったん収入が途絶え、再就職も介護が続く限り簡単ではありません。今は「辞めれば身動きが取れるようになる」と思えても、介護は想像していたよりずっと長く続くことが多く、収入が途絶えたまま先の見えない日々が続くと、心身の余裕はむしろ削られていきます。一方で、辞めずに乗り切るための制度や支援は、あなたが今知っている以上にたくさん用意されています。この記事では、離職を避けながら介護を続けるための選択肢を、一つひとつ整理していきます。
介護のために退職すると、通院の付き添いや急な呼び出しに振り回されずに済むようになり、目の前の負担は一時的に軽くなったように感じられるかもしれません。しかし実際には、収入の減少・社会的なつながりの喪失・再就職の難しさという新たな課題が生まれることが多いとされています。職場という「介護以外の居場所」を失い、話し相手も減り、介護に専念したことでかえって本人が孤立し、心身ともに追い詰められてしまうケースも指摘されています。
「あと何ヶ月頑張ればいいのか」——それが誰にも正確には読めないところが、介護のいちばんつらいところかもしれません。数か月で落ち着く場合もあれば、年単位になることもあります。期間や金額はケースによって大きく異なりますが、「辞めればすべて解決する」という前提はいったん脇に置いて、仕事を続けながら介護する方法を先に検討してみてください。今の職を手放してから「やっぱり続けられる方法があったのかもしれない」と気づいても、後戻りはできません。選択肢を比べたうえで決めるほうが、後悔は少なくなります。
退職は「最後の手段」と考えてください。先に制度・支援・働き方の見直しを試し、それでも難しいときに初めて検討する。この順番を守ることが、介護が一段落したあとのあなた自身の生活と将来の収入を守ることにつながります。
「そんな制度、うちの会社にあるのだろうか」と不安に思う方も多いはずです。実は、家族の介護を担う働く人のために、法律で定められた制度がいくつか存在します。会社の就業規則や雇用形態によって利用条件は異なるため、あくまで目安として知っておき、詳しくは勤務先や公的窓口で確認してください。
通院の付き添いや手続きなど、短時間の用事に使える休暇です。年に数日(対象家族の人数に応じて日数が変わります)取得でき、時間単位で使える場合もあります。[出典:厚生労働省(介護休暇制度)]突発的な対応に向いています。
勤務時間の短縮、時差出勤、フレックスタイムなど、働き方を調整できる仕組みです。会社によって用意されている内容が異なるため、自分の勤務先で何が使えるかを確認しましょう。
介護中は残業や深夜労働を免除・制限してもらえる制度もあります。[出典:厚生労働省(所定外労働の制限・時間外労働の制限)]「定時で帰れるだけで助かる」という人も多く、申し出によって認められる場合があります。
制度として整っていれば、在宅勤務で通勤時間を介護に回せます。法定の制度ではありませんが、会社と相談する価値のある選択肢です。
ここまで読んで「うちの会社ではどうなるんだろう」と思われたかもしれません。制度の名前や日数、給付の有無は改正や勤務先の規定によって変わります。ここに書いたのはあくまで一般的な目安です。実際に使えるかどうか・条件の詳細は、勤務先の人事・総務、ハローワーク、お住まいの自治体の窓口で必ず確認してください。
「介護のことを職場に言いづらい」と感じる方は多いものです。評価が下がるのではないか、迷惑をかけるのではないかという不安もあるでしょう。でも、黙って一人で抱え込むほど、通院の付き添いのたびに理由をごまかすことになり、無断の遅刻・早退が増え、かえって信頼を失いかねません。早めに、できれば制度を使いたいという形で具体的に相談するほうが、職場も対応しやすくなります。
何をどう話せばいいか分からず切り出せない、という方も多いと思います。相談するときは、「親の介護で、しばらく通院の付き添いが必要になりそうです」「介護休暇や短時間勤務の制度について教えてください」と、感情ではなく事実と希望を伝えるのがコツです。事情のすべてを打ち明ける必要はありません。何にどれくらい時間が必要かを整理してから話すと、現実的な落としどころを一緒に探りやすくなります。窓口は直属の上司だけでなく、人事・総務部門が制度に詳しい場合もあります。
毎朝出勤する前に安否を確認し、仕事の合間に着信を気にし、退勤後は買い物と介助——そんな一人二役をいつまでも続けることはできません。仕事を続けながら介護するうえで、最大の味方になるのが専門職の存在です。介護保険サービスを上手に組み合わせれば、日中の見守りや身体介護、通院の付き添いなどを外部の力に任せられます。
要介護認定を受けていれば、ケアマネジャー(介護支援専門員)がケアプランを作ってくれます。[出典:厚生労働省(介護保険制度・要介護認定)]「平日の日中は仕事で家を空ける」「夜だけ自分が看たい」といった、あなたの働き方に関わる事情を率直に伝えれば、それに合ったサービスの組み方を提案してもらえます。まだ認定を受けていない、何から始めればいいか分からないという段階なら、電話一本でかまいません。まずは地域包括支援センターへ。お住まいの地域の高齢者支援の相談窓口で、無料で利用できます。[出典:厚生労働省(地域包括支援センター)]
「仕事と介護を両立できている人」の多くは、気合いや根性で乗り切っているわけではなく、制度とサービスと相談先をうまく組み合わせています。介護は一人で戦う独り相撲ではなく、団体戦です。司令塔となる専門職をつけることが、離職を避ける一番の近道になります。

「もう限界かもしれない」と気持ちが焦っているときほど、順番が大切です。退職を決断する前に、次の流れで手を打ってみてください。どれも、電話をかけたり人事に聞いたりするだけで、今日から始められることです。
まず、地域包括支援センターまたはケアマネに連絡し、使える介護サービスを把握する。次に、勤務先で使える制度を人事・総務に確認する。そのうえで、「仕事の時間」と「自分が介護する時間」をカレンダーで見える化し、足りない部分をサービスで埋める。この三つを進めるだけで、頭の中でぐるぐる回っていた「辞めるしかない」という結論が、「これなら続けられるかもしれない」に変わることは珍しくありません。それでも難しいと感じたときに、退職を検討すれば十分です。
一人で抱え込まず話してみたいときは、LINEで相談するという方法もあります。